本よみ松よみ堂ロゴ

 

 

 

昭和の未解決事件を下敷きに描く深遠な家族の物語

罪の声 塩田 武士 著

罪の声の写真講談社 1650円(税別)

昭和史に残る有名な未解決事件「グリコ・森永事件」を下敷きにしたサスペンス。事件の詳細が実にリアルに描かれているため、ドキュメンタリーなのではないかと錯覚する。著者は、事件の発生日時、場所、犯人グループの脅迫・挑戦状の内容、その後の報道について、極力史実通りに再現したという。そういう意味では事件の経緯はドキュメンタリー。もちろん、犯人像は著者の想像によるものだ。

「くら魔天狗」(実際の事件では「かい人21面相」)を名乗る犯人グループが関西にある複数の食品会社の製品に青酸を入れると脅迫。現金の受け渡しには失敗し続けるものの、裏で株の仕手戦をしかけ、売り逃げていたという事件だ(株の部分は史実かは分からない)。企業を脅迫する一方で、マスコミに「挑戦状」を送りつけ、警察を挑発。劇場型の事件だった。

主人公の一人、京都で紳士服のテーラーを営む曽根俊也は父親の遺品の中から英文がぎっしりと書かれた黒革のノートと、事件で使われた子どもの声が入ったカセットテープを発見する。犯人グループは金の受け渡しの場所を指示する際に、指示書と子どもの声のテープを使っていた。テープの声が幼い自分の声だと確信を持った俊也は戦慄を覚える。父が関係していたのか? 俊也は父の親友だった堀田に協力を求め、事件を調べ始める。

俊也には守るべきものがある。年老いた母と、妻、そして2歳の娘。父の代から続く「テーラー曽根」の仕事にも誇りを持っている。身内に犯人がいたということが明るみになれば、つつましくも幸せな日々が瓦解するかもしれない。堀田と調べるうち、30年前から行方が分からず、父もほとんど話をしなかった叔父(父の兄)が事件に関わっていた可能性が出てくる。

もう一人の主人公は事件を追う新聞記者、阿久津英士。阿久津は文化部の記者だが、年末特集で未解決事件を扱うため、社会部の応援で取材に参加している。新聞社に入社して10年以上が経つのに、自分が本当にやりたいこともわからず、この取材にもなかばイヤイヤ参加している。現場の取材からも遠ざかっていたため、なかなかカンが戻らない。しかし、事件の深淵に近づくにつれ、どんどん取材に引き込まれていく自分に気が付くようになる。

著者は「子どもを巻き込んだ事件なんだ」という強い想いから、本当にこのような人生があったかもしれない、と思える物語を書きたかった、という。その想像力には脱帽する。

テープの声からして少なくとも子どもは3人いた。俊也以外の子どもたちはどうなったのか。今はどこでどうしているのか。犯人グループの家族はどうなったのか。

得体の知れない不気味な犯人像の中からチラリと見えた「子どもの声」というわずかな糸をたどり、重厚で深遠な物語を紡ぎ出している。

読後に感じたのは、「平凡な家族」「当たり前の生活」って、実は幸せなことなんだな、ということ。子どもの頃にはわからなかったことである。