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悩み多き青春を描くさだまさしの自伝小説

ちゃんぽん食べたかっ! さだまさし 著

ちゃんぽん食べたかっ!の写真NHK出版 1500円(税別)

タイトルの最後が「?」ではなく、「!」となっていることに注目していただきたい。ちゃんぽんを食べたか? と聞いているのではなく、ちゃんぽんが食べたい! と訴えているのである。

歌手で作家のさだまさしさんの自伝的青春小説。プロのバイオリンのソリストになるために、小学校を卒業したばかりの佐田雅志少年は長崎から上京し、葛飾区で下宿生活を始める。後には市川市内に移る。大学生で「グレープ」としてデビューする直前までが書かれている。

佐田少年は故郷を思って泣くかわりに「ちゃんぽん食べたかっ!」と小さく叫ぶのである。

さださんは「実はこの時まで僕は東京ではちゃんぽんが食べられないとは思いもしなかった。一体、世の中にあの偉大なちゃんぽんという食べ物が存在しない世界があるとは想像もしなかったのである」と書いている。

 私も初めて上京した折に、同じ思いをしたことがある。大学受験で大学の下見に来た時だと思う。御茶ノ水駅の近くで中華飯店に入った。メニューに「ちゃんぽん」とあったので頼んだら、ちゃんぽんとは似ても似つかぬ塩味の五目麺のようなものが出てきて、酷く悲しい思いをしたことがある。見知らぬ土地で、大好きな食べ物が食べられないというのは実に心細いものである。

大学生になってから知ったが、東京では「長崎ちゃんぽん」と、ちゃんと「長崎」がついていないと本当のちゃんぽんは出てこない。いや、ラー油がかかっていたり紅しょうががかけてあったり(紅しょうがは長浜ラーメンです)、麺がラーメン用の細麺だったりと、ニセモノも多かった。

私の実家は大分だが、中華飯店でなくとも食堂にはたいていちゃんぽんがあったし、それは浪人生活を送った福岡も同じだった。九州はどこでもそんな感じだと思う。実家の竹田市はご当地メニューとして地場野菜を使った「竹田ちゃんぽん」を売り出し中で、田舎に帰るとちゃんぽんの食べ歩きをしている。

佐田少年は4~5歳でバイオリンを習い始め、「毎日学生音楽コンクール西部(九州・山口県)大会」で小学5年生の時に3位、6年生の時に2位に入賞したことで、恩師の薦めで東京でバイオリン修行をすることになった。

しかし、佐田少年の実家は決して裕福な家ではない。両親が無理をして仕送りをしてくれていることも子どもながらに十分分かっている。それなのに修行はなかなかうまくいかない。そもそも、地方のコンクールで2位、3位という成績で本当にソリストになれるのか、という自分の才能に対する疑念もある。

友人や教師には恵まれている。特に高校時代に出会う安本衛先生なんか最高だ。バイト先の大人たちも佐田少年のことを可愛がってくれる。それは佐田少年が真面目な性格で、きちんと仕事をするから、ということもあるのだろう。

普通の少年の生活としては、かなり充実したもので、屈託のない青春になりそうなのだが、佐田少年の場合は、このままではバイオリンの恩師や両親の期待に応えられない。こんなところで楽しんでいていいのだろうか、という焦りがいつもある。母からの手紙はいつも「お前を信頼しています、母より」という言葉で締めくくられる。この文字を読む度に胸が痛むのである。

自分はいったい何者で、何になりたいのか。佐田少年が悩みに悩むこの問題は、青春時代には誰しもが突き当たる悩みでもあると思う。

昔、さださんのラジオを聴いていて、大笑いしたことがある。その時も、長崎に帰省するときの汽車の中の話だった。この人は歌もうまいけど、話もうまいなあ、と思ったものである。話がうまい人というのは、面白いことも書けるんですね。