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- カテゴリ: 日曜日に観たいこの一本バックナンバー
- 2015年7月26日(日曜)09:00に公開
- 作者: 戸田 照朗
日曜日に観たいこの一本
アメリカン・スナイパー
米軍のネイビー・シールズの狙撃兵で、イラク戦争で少なくとも160人以上を射殺したというクリス・カイルを主人公にした物語。
この映画が米国で公開されて大ヒットしている最中に、TBSラジオ「たまむび」のコラムの中で米在住の映画評論家・町山智浩さんが、「イラク戦争という間違った戦争で160人も虐殺した人が英雄なのか」という人たちと、「この映画を非難する奴はアメリカから出ていけ」という保守的な人たちとの間で大論争になっている、と紹介していた。
クリント・イーストウッド監督にもインタビューした町山さんは、この映画は戦争賛美の映画なんかじゃない。戦争によって主人公が壊れていく話なんですよ、と話していた。
狙撃兵は建物の屋上などに身を隠して、敵を狙撃し、味方の作戦を支援する。作品の中でクリス・カイルが最初に殺したのは砲弾をかかえた10歳くらいの子どもと母親だった。狙撃するかどうかの判断は現場のクリスに任される。クリスはイラクに4回派遣され、米国との間を行き来する。戻って来るたびに、彼がおかしくなっていることに気が付いたのは妻だった。身体は戻ってきても、心はどこかに置いてきている感じ。だんだん症状はひどくなって、小さな物音や後ろを走る車にびくついたり、子どもとじゃれている犬を殺そうとしたりする。運動もしていないのに、血圧が妙に高い。逆にイラクにいる時の彼のほうが落ち着いて見える。「伝説のスナイパー」として同僚の兵士から尊敬されている。
町山さんによるとPTSD(心的外傷後ストレス障害)はクリント・イーストウッド監督の一貫したテーマだという。第二次大戦の硫黄島の激戦を描いた「父親たちの星条旗」でも、帰国後PTSDによって壊れていく「英雄たち」を描いている。一方で、玉砕した日本軍の守備隊の中に米文化に詳しい知識人もいたことに興味を持ち、「硫黄島からの手紙」(渡辺謙主演)という日本側から見た作品も撮っている。こういうアメリカ人の監督は他にいない。戦争というものを、どちらにも偏らず見られる人。
PTSDは戦闘機や戦車など大量殺りく兵器が実戦に本格的に使われるようになった第一次大戦のころにも問題になっていたようだ。ベトナム帰還兵の悲劇を描いた映画も多い。
人間は生まれてからずっと社会的存在として育つ。人は殺してはいけませんよ、と教えられてきたのに、いったん戦争が始まると人をより多く殺したほうが誉められる。人はこの急激な変化に耐えられず、壊れていく。クリスも敵を一人でも多く殺せば、味方の命を救うことができると信じて、なんとか心のバランスを保っていたのではないだろうか。
アフガニスタンやイラクに派遣された自衛官のうち50人以上が自殺しているという報道もあった。直接戦闘に参加していなくてもこうなのである。戦場でのストレスはいかほどだろうか。仮に安保法案が成立し、自衛隊が米軍の後方支援を本格的に始めれば、影響はもっと広がるだろう。この映画は他人ごとではない気がした。
監督・製作=クリント・イーストウッド/出演=ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラー、ルーク・グライムス、ケビン・ラーチ/2014年、アメリカ
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