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- カテゴリ: 日曜日に観たいこの一本バックナンバー
- 2017年2月26日(日曜)09:00に公開
- 作者: 戸田 照朗
日曜日に観たいこの一本
シング・ストリート 未来へのうた
1985年、大不況下のアイルランドの首都ダブリン。14歳のコナーは父親の失業で、荒れた公立学校に転校させられる。すぐに不良に難癖をつけられトイレの中へ。保守的な国柄で、校長は神父。しかしこの校長が抑圧的で生徒に暴力を振るうことになんの抵抗もない。右を見ても左を見ても閉塞的な状況の中、コナーを救ったのは音楽だった。コナーの兄ブレンダンは多分20歳前後だろうか。仕事がないのか、家に閉じこもっている。でも音楽には詳しく、コナーの音楽の「師匠」だ。81年に24時間ミュージック・ビデオを流すMTVが開局した80年代はミュージック・ビデオの時代だった。コナーは兄に見せられたデュラン・デュランのビデオに影響を受ける。そして、学校でメンバーを募り、バンドを結成する。最初は流行りの曲のコピーをしていたが、兄にオリジナルをやらなければダメだと諭されて、オリジナルの楽曲をつくることになる。
校門の前には施設があり、いつも綺麗な年上の女性が立っていた。コナーは勇気を出して自主制作のミュージック・ビデオへの出演を依頼する。
仲間を集め、初めて作詞作曲をし、ビデオを撮る。ミュージック・ビデオ全盛のこの時代、バンドにはビジュアルも大事な要素だった。コナーたちも工夫を凝らして衣装を揃える。このへんがコミカルでありながら、音楽ができていく過程を丁寧に描いている。
予備知識が全くないまま作品を見たが、オリジナル曲の1曲目から聴き入ってしまう。全ての曲がいい。監督は自身もミュージシャンだったというジョン・カーニー。「Once ダブリンの街角で」「はじまりのうた」という音楽映画の名作を残している。1曲目から引き込まれる感じは、「はじまりのうた」と同じだ。後で同じ監督だと知って、ああなるほど、と納得した。今回の作品は、監督の自伝的作品だという。サントラがいいというのもこの監督の特徴。コナーが結成したバンド、シング・ストリートのオリジナル曲を手掛けたゲイリー・クラークは、80年代に2枚のアルバムを発表して解散したスコットランドのバンド、ダニー・ウィルソンの中心人物だという。
この映画は、音楽と十代の淡い恋愛を描いた作品であるとともに、兄弟の映画でもある。兄弟の中で一番両親を長く見てきたのは兄だ。その両親は離婚の危機にあり、毎晩のように言い争っている。妹とコナーと兄の部屋で3人集まって、その言い争う声を聞かないためにレコードを大音量でかけて、やがて踊りだす。この兄弟の感じが何とも胸にせまってくる。兄は両親の状況に心を痛め、自分の置かれた状況にも強い葛藤を抱いている。
兄ブレンダンを演じるのはジャック・レイナー。コナー役のフェルディア・ウォルシュ=ピーロは6か月にわたるオーデションで、アイルランド全土の数千人の応募者の中から選ばれたという。演技は初めてとは思えないほど自然。オペラやアイルランドの民族音楽で活躍する家族のもとで育ち、ボーイソプラノでオペラに出演したことがあるという。主題歌は、「はじまりのうた」にも出演したマルーン5のボーカリスト、アダム・レヴィーン。
監督・脚本=ジョン・カーニー/出演=フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、ジャック・レイナー、ルーシー・ボイントン、エイダン・ギレン、マリア・ドイル・ケネディ/2015年、アイルランド、イギリス、アメリカ
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『シング・ストリート 未来へのうた』、DVD発売中、税別3800円、発売・販売元=ギャガ